• 2024. 06. 19
  • 原価管理

ICSコラムシリーズ:原価計算 vol.5 第5回 「個別原価計算」

今回は個別原価計算をとりあげます。皆さんは個別原価計算と聞いてどんなイメージをもたれるでしょうか。 おそらく、基本的な考え方は非常にわかりやすいと思います。 ごくごく簡単に言うと、「直接費は個別・ひもづけ計算、間接費は配賦計算により算定される原価計算」です。

つまり、特定の製品の製造に直接費やされた費用はその特定の製品に“個別に”ひもづけて計算し、どの製品に費やされたのかは直接は分からない費用、あるいは複数の製品に共通でかかる費用は、 費用の発生となんらかの関係ある指標をもとに複数の特定の製品に負担額を配分する(“製造間接費の配賦”といいます)という計算をします。ではさっそく始めましょう。 なお、記載内容は私見です。

1. “個別”原価計算とは?

「原価計算基準」という会計基準によれば、個別原価計算は種類を異にする製品を個別的に生産する生産形態に適用され、特定製造指図書について“個別的に”直接費および間接費を集計し、 製品原価は、これを当該指図書に含まれる製品の生産完了時に算定するとされています。“個別的に”という表現があることから「個別原価計算」と呼ばれています。 また、“特定製造指図書”について“個別的に”算定するとされています。 “特定製造指図書”とは、ある特定の製品、いわゆる一品ものの製品を製造するにあたり、その一つ一つの製品に対して1枚づつ発行され、その製品の仕様や製造方法が示された書類であると考えてください。 たとえば、造船業における船舶などを思い浮かべていただければいいでしょう。船には個別に「XX丸」といった名前がつけられ、基本的にはそれぞれに仕様が異なるものです。 このような製品について編み出された方法が個別原価計算です。

個別原価計算の概要は下記のとおりです。なお、以下では、月次の決算を前提としています。

まず、当月発生した製造原価を直接費と間接費に分けます。 直接費とは特定製造指図書で特定されている製品(以下、「特定製品」といいます)の 製造のためにのみ費やされたことがはっきりしている製造原価(たとえば、ある船の船体の製造に使われた鋼板などをイメージしてください)をいいます。 逆に、間接費はどの製品の製造に費やされたのかがはっきりとは分からない製造原価(たとえば、複数の船を製造する部門の現場監督の給与をイメージしてください。その方は複数の船の製造現場を仕切っているはずです)。

直接費と間接費に分けられた製造原価は、特定製品ごとに下記のとおりに集計されます。

直接費:特定製品ごとに直接発生額がわかるので、それを当該特定製品の原価として集計する。

間接費:特定製品ごとの発生額は分からないため、間接費の総額を何らかの方法で特定製品ごとに集計する。

間接費の総額を何らかの方法で特定製品ごとに集計することを製造間接費の「配賦」と呼びます。直接費は特定製品ごとに発生額を集計するだけなので、個別原価計算の肝は製造間接費の配賦にあります。

2. 直接費の計算

では、具体的な数字を使用して、まずは直接費から説明しましょう。今回も下記のような前提をおきます(なお、仮説例であるため実際の規模感とは異なる点があります)。

  • 当社は船舶製造業であり、工場は一つで、工場には製造部のみがあるとします。
  • 当月は船舶A、船舶Bの2台の船を製造しました。ともに当月から製造を開始しましたが、うち、船舶Aは当月内に完成し、船舶Bは当月末時点では未完成であるとします。

今月の製造原価は下記のとおりです。

直接材料費 2,500,000円 (船舶A:1,500,000円、船舶B:1,000,000円)
直接労務費 520,000円 (船舶A:320,000円、船舶B:200,000円)
製造間接費 806,000円 (船舶A,船舶Bの製造に直接携わらない現場監督の給与およびその他の経費)
3,826,000円

船舶A、船舶Bの製造にかかった当月の直接作業時間は下記のとおりです。

船舶A 2,000時間
船舶B 1,250時間
3,250時間

上の表から、直接費を船舶A、船舶Bで個別的に集計すると下記のとおりになります。

  直接材料費 直接労務費 直接費合計
船舶A 1,500,000円 320,000円 1,820,000円
船舶B 1,000,000円 200,000円 1,200,000円
2,500,000円 520,000円 3,020,000円

簡単ですね。このように、特定製品ごとに直接発生した原価を集計することを「賦課」あるいは「直課」と呼びます。

3. 製造間接費の計算

次に、製造間接費の配賦はどうすればいいでしょうか。原価計算は、ある製品の製造にかかった費用を集計し、財務諸表の作成や、経営者の損益管理に利用するために行われます。 そのため、製造間接費の配賦は、特定製品の製造に製造間接費がいくらかかったかを合理的に説明できる形で行わなければなりません。 もちろん、「間接」費というからにはどの製品にいくらかかったか直接的にはわからないため、合理性をもった基準で割り振る(配賦)することが必要になるというわけです。 そのための方法として生産量を基準に配賦したり、直接労務費を基準に配賦したりといった方法も考えられますが、ここでは製造にかかった時間(直接作業時間)を基準に配賦してみましょう。 つまり、製造間接費は直接作業時間にある程度比例して発生するという前提に基づく配賦を行います。

直接作業時間1時間あたりの製造間接費(「配賦率」といいます)は下記の通りです。

配賦率:
製造間接費806,000円 ÷ 製造にかかった時間3,250時間 = @248円/時間

船舶A、船舶Bの製造間接費(総額806,000円)の配賦額は下記の通りです。

  配賦額
船舶A @248円/時間 x 2,000時間 = 496,000円
船舶B @248円/時間 x 1,250時間 = 310,000円

先に集計した直接費と間接費を合わせた船舶A、船舶Bの原価は下記の通りです。

  直接費 製造間接費 原価計
船舶A 1,820,000円 496,000円 2,316,000円
船舶B 1,200,000円 310,000円 1,510,000円
3,020,000円 806,000円 3,826,000円

計算はこれで終わりです。

船舶Aは当月中に完成しているので、2,316,000円が製品になり、船舶Bは当月末では未完成なので、1,510,000円が仕掛品になります。

4. 予定配賦率による製造間接費の計算

上の例では製造間接費の実際発生額を実際の直接作業時間で割った配賦率を使用して計算しました。 このような配賦率を“実際配賦率”といいます。しかし、実際配賦率を計算するには月次決算を締めて、費用の実際発生額と実際の直接作業時間を集計しなければならず、時間がかかります。 そこで、“予定配賦率”を使うことがあります。ちなみに「原価計算基準」では予定配賦率を使用するのが原則とされています。

予定配賦率は、「原価計算基準」では「一定期間における各部門の間接費予定額又は各部門の固定間接費予定額および変動間接費予定額を、それぞれ同期間における当該部門の予定配賦基準をもって除して算定する」とされています。 なにやら難しそうですが、大丈夫です。

追加で下記のような前提を置いてみましょう。

当月の製造部門の予算のうち固定費 700,000円 「各部門の固定間接費予定額」
当月の製造部門の予算のうち変動費 70,000円 「各部門の変動間接費予定額」
当月の予定されていた直接作業時間 3,500時間 「予定配賦基準」

これらを使って予定配賦率を計算してみましょう。なお、ここでは、予定配賦は固定費と変動に分けて「各部門の固定間接費予定額および変動間接費予定額」を使用することにします。

予定配賦率

  • = 各部門の「固定間接費予定額」および「変動間接費予定額」を、それぞれ同期間における当該部門の「予定配賦基準」をもって除して算定する
  • = (当月の製造部門の予算のうち固定費:700,000円+当月の製造部門の予算のうち変動費:70,000円)÷当月の製造にかかると予定されていた直接作業時間:3,500時間
  • = @220円/時間 (@200円/時間+@20円/時間)

予定配賦率を使って船舶A、船舶Bの製造原価を計算してみましょう。製造間接費の配賦額は下記の通りです。

  配賦額
船舶A 220円 x 2,000時間 = 440,000円
船舶B 220円 x 1,250時間 = 275,000円

直接費と間接費を合わせた原価は下記の通りです。

  直接費 製造間接費 原価計
船舶A 1,820,000円 440,000円 2,260,000円
船舶B 1,200,000円 275,000円 1,475,000円
3,020,000円 715,000円 3,735,000円

ここで、今月の実際の製造間接費(806,000円)と予定配賦率を使って特定製品に配賦された製造間接費(715,000円=440,000円+275,000円)の差異91,000円(「製造間接費配賦差異」といいます)が残ります。 言い換えると、今月発生した製造間接費配賦差異91,000円はなんらかの処理をしなければ行き場を失ってしまいます。

「原価計算基準」では、原価差異(「製造間接費配賦差異」も原価差異の一種です。)は原則として、当年度の売上原価に賦課するとされています。 つまり、製造間接費配賦差異91,000円は売上原価に振替えられることになります。ただし、比較的多額の原価差異が生ずる場合は、売上原価と期末たな卸資産に配賦するとされています。

次回の紹介

次回は個別原価計算がシステムでは、どのように実装されるのかご紹介します。

筆者プロフィール
吉田 圭一
大手監査法人の2法人で監査・上場準備・アドバイザリーサービス、会計パッケージソフトウェア企業で法人税申告書等のソフトウェアの企画・設計等、外資系ERP企業でERPの導入、 外資系IT企業でコンサルティングサービス、情報通信会社でERP導入とコンサルティングサービスに従事し、現在に至る。公認会計士、システム監査技術者。