人工知能(AI)を活用したサービスがさまざまな分野に広がり、ビジネスや普段の生活で目にすることも増えてきた。一方で、ITソリューションの中でも、AI活用がほとんど進んでいない分野もある。企業向け会計システムの領域だ。

その分野で、あえてAI技術を取り入れたのが、戦略情報会計システム「OPEN21 SIAS」を展開するICSパートナーズだ。技術開発の新コンセプトとして、「会計(アカウンティング)」と「技術(テクノロジー)」を組み合わせた「Accountech(アカウンテック)」を設定。AIを活用して、OPEN21 SIASに書類読解の新機能を搭載した。

なぜAIに挑むのか? 同社の峯瀧健司社長は「経理部門にとって本当に役立つ機能であれば、技術的ハードルが高くてもチャレンジします」と言い切る。どのようなAIを開発し、それは会計業務をどのように変えるのか。峯瀧社長に話を聞いた。

会計システムにAIは必要ない?

峯瀧健司社長
戦略情報会計システム「OPEN21 SIAS」を展開するICSパートナーズの峯瀧健司社長

―― なぜ会計システムの分野では、AI活用の取り組みが少ないのでしょうか。

AIの特性の一つは、過去に学習したデータなどに基づいて、これから起きることや決まっていないものを推測することです。

一方、会計システムに必要なのは、確定した数字を処理して決算書を作成すること。売り上げ、仕入れ、経費など、さまざまなデータを処理する必要がありますが、それらはすでに出来上がったデータです。予測など必要ない、というのが基本的な考え方でした。

―― それでもあえてAIに取り組むのはなぜですか。

ITの進化は非常に速い。処理データの大容量化、ネットワークの高速化などといった要素がそれぞれ進化しているため、それぞれの要素が掛け算のスピードで進化していきます。ですので、先端技術の開発は常に重要課題です。後追いではなく、新しい技術の開発には少しでも早く着手したい。AI開発を始めたのは、そのような考え方があるからです。

――会計システムのどこにAIを活用できる余地を見いだしたのでしょうか。

AIの活用方法として目を付けたのが、「データになる前の情報」、つまり紙の書類です。いずれなくなるかもしれませんが、今はまだ、紙の書類が送られてこない企業はないと思います。多くの場合、送られてきた請求書をデータ化して、会計処理することになりますが、そこで発生するのが、どんな相手先からのどのような請求か、ということを見分ける“判断業務”です。

AIが自動で書類を読解してデータ化してくれたら、煩雑な判断業務を効率化できるのではないか。そう考えて、研究を始めました。すでに完成している要素技術を活用して、当社のシステムや経理部門のニーズに合った書類読解技術を開発することを目指しました。開発には2年かかりました。

データ照合で100%の精度に

―― そのような経緯で、今回、AIを活用したOCR(光学式文字読み取り装置)技術で書類判読する機能を開発したのですね。どのように経理部門の役に立つのでしょうか。

取引先が作成する請求書は、それぞれ仕様がバラバラだったり、相手企業によって処理の方法が異なったりします。書類をどう処理するか、判断するのは人ですが、即座に、正しく判断することは意外と難しく、業務スキルがあるベテランの方に頼りがちです。新しい人が入ったら、一から説明して覚えてもらうしかありません。

ちょっとしたことかもしれませんが、“ベテラン頼み”の業務があると、生産性はなかなか上がりません。そういったことに課題意識を持っている企業は多く、今回開発した機能を紹介すると、特に経営層の方によく理解していただけます。

―― 実際に、どのようなことができるのですか。

書類をスキャナーで取り込むと、AIが内容を読み取って、その文字情報の中から、日付や金額、会社情報など会計処理に必要な情報を選び取って表示します。AIはさまざまな様式の請求書を基にした、独自の「教師データ」を機械学習しています。初めて処理する請求書フォーマットでも高い精度で読み取ることができます。

―― しかし、そのようなOCR技術を実用化している例は他にもあります。他のソリューションと何が違うのでしょうか。

会計の世界では、「ほぼ正確」ではいけません。90%、95%正確であったとしても認められない。100%正しく読み取らなくては意味がないのです。しかし、現状のOCR技術では、読み取り精度を100%にすることはできません。

私たちが開発したシステムには、100%正確なデータしかシステムに入らないようにする工夫があります。それは、AIで読解したデータを、OPEN21 SIASのデータベースにあるマスターデータと照合し、正確な情報に自動修正する機能です。請求の仕訳は、データベースに登録されている取引先の企業名とひもづいて表示できるようになっています。

また、他社のサービスには、さまざまな種類の書類を読み取れるAI OCRもあります。しかし、読み取ったデータをどのように処理するか、というのは書類によって全く違います。そのため、使い方に合わせて他のシステムと接続させる必要が出てきます。

一方、今回の私たちのAI OCRは、どんな書類でも読み取るわけではありません。請求書だけを対象にしました。あくまでもゴールは会計システムの機能を高めることだからです。まずはOPEN21 SIASのオプション機能という位置付けにすることで、はっきりとした目的がある、実用性の高い機能に仕上げられたと考えています。

読み取り画面例

経理部門の「あったらいいな」をカタチに

―― 今回、全て自社で開発したということですが、自社開発を貫くのはなぜでしょうか。

外部の技術を組み込めば、簡単に開発できたかもしれませんが、コストが高くなってしまいます。今回、AI OCRのオプション価格は、他のAI OCRソリューションと比べて10分の1ほどではないかと思います。

何より、外部の技術を使うと、その提供元の事情に左右されやすくなってしまいます。仕様変更やサポート打ち切りなど、提供元の都合でお客さまに迷惑を掛けてはいけません。当社の製品は売り切りではなく、導入してもらった後のお付き合いも長いのです。責任を持ってサポートしたいと考えています。

―― 自社開発で苦労したこともあったのではないですか。

読み取りの精度を高めるところでは、どんどんと課題が出てきて、技術者たちが何度もトライアンドエラーを繰り返しました。なかには、想定外のところで難航する部分もありました。

例えば、人の目で見たらすぐ分かるのですが、文字なのかどうか判別しにくい表記もあります。文字の伸ばし棒なのか、表のけい線なのか区別するのは意外と難しく、きちんと学習させないといけません。表のフォーマットによっては、色がついていたり、白抜き文字があったりするため、それらも一つ一つ解決していく必要がありました。

―― これからの技術開発の方針について。ICSパートナーズは何を目指すのでしょうか。

先端技術を活用して、経理部門にとって役立つサービスを提供していきたいと考えています。AI OCRの適用範囲を広げ、請求書以外の書類を読解すること、また、RPA(Robotic Process Automation)を活用した機能の開発にも着手していますが、お客さまに提供するタイミングは、ストレスなく導入できて、経理部門がやりたいことをすぐにできるような機能になってから。今回と同じです。

私たちの技術開発には、「面白いからやる」という基準はありません。必要なものしかつくらない。「あったらいいな」という機能以外に興味はないのです。なぜなら、会計システムの分野でお客さまが投資する対象は、役立つもの以外にはありませんから。これからも、経理部門にとって役立つ企業であり続けたいと考えています。

AIがどのようなことに役立つのか、理解が進んできた今だからこそ、ICSパートナーズは会計業務に本当に役立つAIを“育てる”ことができたのかもしれない。単に高度な技術を使えばいいわけではない。会計業務に精通している同社だからこそ、どのような技術が使えるのか、見極めることができたのだ。 生産性向上、業務効率化を目指す経理部門にとって、専門性と技術力を併せ持つICSパートナーズが、一歩先を行くための強い味方になるだろう。

この記事は、アイティメディア株式会社の提供により、ITmediaにて取材・掲載された記事を一部内容を変えて掲載しています。